「ストレス」のまとめ‐5:「甘え」と「ストレス」
1. 「期待」する背景には、「甘え」がある
(1)相手への期待は、自分から相手への一方通行な想いである。
・相手は自分の期待の内容を知らないし、自分も相手に期待している内容(相手にしてもらいたい具体的な内容)を伝えていない。
(2)相手に期待した瞬間、自分は相手より少し目線が高くなっており、相手の価値観や相手の気持ちから離れている。
・相手に期待する瞬間、相手のことは眼中に無く、自分の想いだけになっている。
(3)特に、相手に期待するのは、相手と自分が親しい間柄の場合に、生じやすい。
・それが、自分の「甘え」であるとは、全く認識していないことが大半である。
(4)相手の言動が期待通りであれば、より親密になる。
しかし、相手への期待が大きくて、相手の言動がその大きな期待を大きく下回ると、自分は相手に「強い怒り」を覚えることになる。
・それは、相手にとっては良い迷惑である。
2. 期待」する内容は、どういうことが考えられるか?
相手に期待する内容は、自分の「過去や現在」の「希望や言動」に、関連することが考えられる。
①過去自分が出来なかったことを、相手に期待する。
②過去自分がやって来たことを、相手に期待する。
③今の自分に出来ないことを、相手に期待する。
④今の自分なら難なく出来ることを、相手に期待する。
・上記の①~④のどれか一つか、複数の組み合わせかは、その時の状況によって変化すると考えられる。
3.どんな時に、「甘え」が発生するのか?
(1)自分が、相手をどう捉えているかが、ポイントである。
・自分が、相手と親しい間柄であると感じていれば、甘えが発生する。
・相手と自分が、長い間の顔見知りであったり、同じグループにいるだけでも、時により甘えが生じる場合がある。
(2)さらに、自分がこれから相手とより親しくなりたいと思っている時には、特に甘えが生じやすい。
(3)特に、甘えが発生しやすい関係は、具体的に以下の場合が考えられる。
・親子・兄弟姉妹・夫婦・恋人・友人・先輩後輩・上司部下・CDAクライエント等の関係は、甘えが発生しやすいと考えられる。
(4)また、自分が相手のために、一生懸命努力したり、尽くしているという気持ちがあると、ごく自然に甘えが発生する。
4.「甘え」の本質とは、一体何か?
(1)「自分が好む状態」へ、そして「自分が快適な気持ち」になるように、相手を「コントロールしようとする欲望」と考えられる。
(2)相手との関係が、「親密である」または「長い付き合い」であるという理由だけで、相手に一方的に期待することになる。
(3)それは、基本的に自分の「わがまま」であり、相手もその期待に応えてくれるという全く根拠の無い「思込み」と言える。
5.「甘え」による悪い点
(1)最初の悪い点としては、「怒りの連鎖」が起きやすいこと。
・自分が相手に「甘え」を生じやすいという状態は、相手も自分に「甘え」やすい状況があると想定される。
・この場合、お互いがお互いに、各々自分の都合の良い期待を抱き合っている。
そして、どちらかが相手に「不満」の感情をぶつけると、それ以上の「強い不満」(怒り)の感情が相手に生じることがある。これが、「怒りの連鎖」である。
・この場合、両者ともに「強いストレス」が生じる。また、当事者同士で収拾することが難しい場合もある。
「親子喧嘩」や「夫婦喧嘩」が分かりやすい例となる。
(2)次の悪い点としては、「パワーハラスメント」が起きる場合があること。
・「パワーハラスメント」とは、「優位性を背景に、業務上必要のない行為により、相手に身体的・精神的苦痛を与えること」である。
・何らかの理由により、自分の中で不安な気持ちが生じると、上位者が下位者達に対して、不適当な言動で相手を強く叱責する場合がある。
・これも、上位者の下位者達への「甘え」と捉えることができる。この時、上位者は自分の都合の悪い状態を、下位者達に責任を転嫁して叱責していることになる。
つまり、上位者は自分の都合の良い状況を作り出すことを、一方的に下位者達に期待しているからに他ならない。
・この場合、両者に「ストレス」が生じるが、特に下位者の中で「強いストレス」が生じることがある。「上司部下」の関係で起きやすい。
(3)最後に気づく悪い点としては、組織の「トップ」で起きやすいということ。
・組織の「トップ」の例としては、天下統一した後の豊臣秀吉が挙げられる。
木下藤吉郎の時代は、軍師である竹中半兵衛や黒田官兵衛の意見を良く聞き、その案を採用して実践することで、天下を獲ることができた。
・しかし、天下を獲った後は、自分を束縛するものが無くなり、際限なく「周りの人達」に「甘え」を実践したと言える。
・この場合は、トップ以外の組織内の人達全員に、強弱の別はあっても「ストレス」が生じることになる。
・組織の「トップ」としては、現在の日本でも「総理大臣」や「企業の社長」なども同様であり、その意味では意識して注意する必要があると言える。
ただし、昔から名君の誉れ高い「トップ」がいたことも事実である。
従って、組織の「トップ」に起きやすいが、必ず起きる訳では無い。
6.「甘え」と「許容」
・「甘え」自体が、「悪」という訳ではない。
それは、「甘え」によって、親密さや信頼が増していき、強い絆になっていくからです。
その時の重要なポイントは、自分が「甘える」相手のことを良く知っていて、相手が「許容」できる範囲で「甘えられる」かどうかにかかっている。
・こちらがどんなに「甘えて」も、相手がそれを「許容」してくれれば、自然と絆は深まっていく。
これは、自分と相手だけでなく、グループでも同様のことが生じていく。
お互いがお互いを良く知り合っている人達の場合、各々が相手の「許容」できる範囲内で「甘えて」いれば、自然とそのグループ全体の雰囲気は良くなっていく。
・ここで、重要なことは、「甘え」と「許容」のバランスが、自分と相手との間で偏らないことだと思える。
7.「甘え」に気づければ、どうなるのか?
・「甘え」は、基本的には自分の「わがまま」であり、かつ全て相手に依存している状態である。
自分が相手に対して「甘えた」時には、誰でも気づかないのは致し方がない。
しかし、その後、自分の言動を振り返る機会があれば、自分の「甘え」に気づくことは可能となる。
・自分の「甘え」に気づいた時の相手に対する心境は、「迷惑をかけたな」に近い気持ちが、ごく自然に湧きおこって来る。
それは、自らは行動せずに、自分の「わがまま」をきいてもらったという感覚があるからだと思われる。
・そして、しばらくは相手に「甘える」行為を控えるようになり、少しずつ「甘え」が減っていく思われる。
ただし、「甘え」が全く無くなる訳ではない。
それは、誰かに「甘えたい」という欲望が、必ず残っているからだと思われる。
8.精神的成長と「甘え」の気づき
・誰もが、幼少期・青年期(学生時代)を経て、大人になって行く。
これは、人の肉体的成長と呼応していて、目に見える変化であり、分かり易い。
・一方、人の精神的成長は、どう考えれば良いだろうか?
まず最初に、両親からの精神的な独立心が芽生え、確立して行くことが考えられる。
それは両親に精神的に依存せずに、判断・行動できるかどうかがポイントになるかも知れない。
・しかし、社会人となり、親元を離れて金銭的な独立を実現しただけでは、十分とは言えないと思われる。
両親だけでなく、自分の周りの人達に対して、精神的な独立、つまり周りの人達に対しても精神的に依存しないことが、求められるように思われる。
・ところで、自分の中にある「甘えたい」という欲望は、幼少期だけに限らず大人になっても絶えず残っている。
そして、「甘え」自体は、他の人達への「依存」である。
・そこで、注目したい点は、自分の「甘え」に気づけたかどうかである。
「甘え」の気づきが、精神的成長の大きなターニングポイントになると思う。
自分の「甘え」に気づければ、自然と「甘え」は減って行くと思われる。
9.精神的成長と「寛容」
・自分が「甘える」相手のことを良く知っていて、相手が「許容」できる範囲で甘えられる。
そして、「甘え」と「許容」が、自分と相手との間で偏らないようにバランスが取れている。
これらは、お互いに相手のことを良く知っている間柄で、可能なことである。
・一方、初対面の人に対して、この「甘え」と「許容」の関係はどうなるのだろうかを考えてみる。
初対面であるので、お互いに相手のことは全く分からない。
その場面で、相手が「自慢話」をはじめて来たり、会話の途中で急に怒り出した時、すなわち相手が自分に「甘えて」来た場合、自分はどう対処できるだろうか?
この時に、相手の「自慢話」に耳を傾け、相手の「怒り」に同調せずに冷静に受け留められる、それは「寛容」の精神が現れていると思われる。
・「寛容」を、広辞苑や明鏡国語辞典で調べてみる。
心が広く、よく人をゆるし受けいれること。
また、人の過ちや欠点をきびしく責めないこと。
・「甘え」の気づきが、精神的成長の大きなターニングポイントであった。
そして、「寛容」は、精神的成長の点で大きなステップであると考えられる。